大山山脈は曽場が山【俗称大山】を一番北の端にして、西南安芸郡に向けて走る山脈を言い、川上村に二峯会ってその内一が城となずけられる峯は標高607.4mであって、曽場が山と並んでいるのがそれである。古くからこの山は有名で万葉集に「眞木の葉のしなふ せの山しのばずて 我が超えゆけば 木の葉ちりけむ」とあって、勢能大山と知れていた。芸藩通志に重行と云う人の歌として≪花さかりおなし夕か あきの國の せのの大峰 途や色の山」がある。実際には勢能大山は瀬野にはなく川上村内に在るわけだが、これについて、瀬野村側の文化年中の古記録(1804~1829)に、昔は大山峠を東に下り当時賀茂郡宗吉村飯田村境まででは瀬野村の山であったのが、何時の時代化か寺家村の飛郷ができ、宗吉村になり峠の五丁西より梨の木谷尻,下馬所の間古水抜の所が郡境になったと書かれている。(竹本さん地図)